1. 何か話題を振ると

    「それTwitterで聞いたよ」

    って答える人間最近多すぎてげんなり.

    俺は情報ソースやお前がいつそれを知ったかとかどうでもいいわけで.

    話題に対する感想を求めているというのに得意げな顔して

    Twitterで聞いたよ」

    とかアホかと.ときどき

    「それ,Twitterでだいぶ前から話題だよ」

    とか言い出す.言ってるレベル

    テレビで見たよ」

    「2chで聞いたよ」

    VIPスレ建ってたよ」

    と同じレベルだというのが分かってないんだろうか.

    おまけに意見を聞いてみたらずいぶん前から話題だったにもかかわらずろくな意見持ってないし.

    INPUTとOUTPUTの間に何も無い感じ.

    そういう人間って,割と情報の精確さよりも速度を求めてるとこがあって

    情報価値が「正確さ×速度」だってことを分かってない気がする.

    情報乞食というか情報亡者というか.

     

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  5. 東日本大震災からこうして避難・そして大津波 (by 賢治 齊藤)

     


  6.  78年は、新井素子が本格的に活躍を開始した年です。
     右の写真は、この年に発売された新井素子の最初の単行本です。
     新井素子の登場と、その受け入れられ方というのは、現在から振り返ってみると時代の節目となる大きな事件でした。
     当時の私はそんなことを思いもせずに、無邪気に同世代作家の書いた小説を読んで喜んでいましたが、今にして思うと、ここでもはっきりと何かが変わっていたのです。

     新井素子はSF専門誌「奇想天外」の新人賞で佳作をとり、78年2月号でデビューしました。この号が発売されたのは77年12月のクリスマス頃だったと思いますから、デビューは正確には77年ということになります。同時に佳作をとってデビューした5人の中には山本弘などもいます。
     この時にSFファンの間で話題になったのは、同じ号に掲載された選考座談会の内容でした。選考委員は星新一、小松左京、筒井康隆という当時のSF界御三家で、最終選考に残った14作品について3人が議論をたたかわせている様子が収録されています。そこでは、新井素子に関する評価がはっきりと割れていました。激賞する星新一と、否定的な2人の食い違いぶりが、鮮明になっていたのです。以下に引用します。

    小松 「あたしの中の……」これは16歳の少女でしたね。
     これは、驚いたの一言につきたな、ぼくは。
    小松 そうかねえ、ぼくはあんまり感心しなかったけど。
     違った世代が、ついに出現したという感じを受けましたね。テンポというものがあるんだ。いままでの小説の中にない新しさというとテンポだろうと思うんだ。
    筒井 それならば、むしろ「カッチン」の方がいいですね。「あたしの中の……」の場合は、話がよく出来ててかわいらしいんだけども、女性の饒舌体とか、マンガの吹き出し的なセリフが生かされてないんですよ。もっともっと生かせたと思う。欠点がちょっと目につき過ぎる。
     ぼくはこれがいちばん欠点が少なかった。ちゃんと伏線があり、ユーモアがあり、サスペンスありで、構成に破綻がないよ。
     (中略)
    小松 (略)たとえば、地の文の中に「……ちゃった」というようなことを書かれると、ぼくはもうやたらに抵抗がある。
     いまのああいう世代の女の子は、こういう文章を書くということで、ぼくは納得しているんだけど。
    筒井 ただ、そういった文章が出てくるのはいいことなのか、それとも悪いことなんですか。
     もはやいい悪いじゃないと思うよ。世の中がこうなっちまったんだ。
    小松 そうでもないよ。ちゃんとした文章もあるぜ。
    筒井 そうなっても星さんは困らないんですか。つまり、SFがそういう作者の出やすいところでしょう。われわれが踏んばらなきゃいけないんじゃないかという気がするんだけど。地の文まで崩したのを許していいのかどうか。
     (中略)
    筒井 ほんとにこのままでいいと思いますか。これを入選させて、このままの調子であちこちからの作品依頼に応じさせてもいいと、ほんとに思う?
     そりゃ、いいと思うな。SFと劇画で育った世代の象徴とみていいんじゃないかな。ぼくは、これによって人生観が変わった。生じっかの社会体験ならむしろない方がいいらしい。
    筒井 それをいうなら、「カッチン」の方ですよ。
     いやいや、ぼくがいちばん感心したのは、ストーリイ作りがうまい。これだけのストーリイは、いまのSF作家にも書けないんじゃないか? これはやはり一種の特異な才能ではなかろうかと。突っつきようがないんだもの、ほかの作品のようにここがおかしいじゃないかというところがない……。「カッチン」の場合は、コンピューターによりかかっている点が新鮮なので、ストーリイは単純なんだ。これはそういうものによりかからずにストーリイそのもので勝負している。とにかく、ストーリイに関しては珍しいぐらい巧妙でうまいなァ。
    小松 ただねえ、最初の設定にドラマが踊らされているというところがある……。
     それはまあ御都合主義といえなくもないけど、御都合主義もここまで徹底すりゃいいんじゃない。
    筒井 ワァー、スゴいほれこみようだなァ、どうも(笑)
     推理小説だってそうでしょう。
    筒井 小説はみんなそうじゃないですか。御都合主義というとすれば。
    小松 いかに御都合主義を御都合主義にみせないかというところに腕のみせどころがあるんじゃないかと思うんだけど、この文体ではどうも。
    筒井 ストーリイはたしかにいいけど、文章をもうちょっとどうにかしないと困りますよ。
     いやァ、この文章がいいよ。……(笑)
    筒井 文章が幼くてかわいらしいのを、星さんは、「文章がいい」と勘違いしているんでしょ(笑)とにかく星さんがあれだけ推しているんだから、残しておきましょう。
    小松 おれたち追い上げられているんだな、こういうのをみると痛感するよ(笑)
     (中略/以下は最終選考の場面)
    小松 でも「あたしの中……」を一位に推すにはちょっと選者として恥ずかしいよ。「高校SFコンテスト」ならともかく(笑)
     それ以外のを選ぶのはもっと恥ずかしいよ。
    小松 うーん……それなら、入選作ナシということになるか。
     それでもいい。いずれにせよ「あたしの中の……」を、わたしが強く推したことを記録に留めてくれれば。
     (中略)
     (略)とにかくクドイようだけど、「あたしの中の……」に出会った時は、とてもぼくなんかには書けない、違った世代の登場で引退せざるを得ないなと、ほんとに思ったよ。
    筒井 そこまでホレ込むと……どうする小松さん、入れちゃう?(笑)
    小松 佳作ならともかく、入選にするのはどうしても……。
     いいよいいよ。この作品がいずれ雑誌に掲載されて、ぼくが強力に支持したということを読者がわかってくれるなら文句はいわない。
    筒井 読者に判断をまかせなきゃ仕方ないな。
     これからはもう、こういうのしか出てこないんじゃないかなァ。
    小松 ぼくはそうは考えない。むしろ、非常にしっかりした文章が書けるひとが沢山出てくると思う。
    筒井 新しい文章は必ず出てくるけど、これではないよ。たとえばこの人が、四十、五十のオバハンになって、まだこんな文章を書いていたらどうする? 気味ワルイですよ。
    小松 ジャレている文章なんだよ、つまり。
     そのへんを考えなおし初めてきたんだ。
    筒井 麻薬みたいなもんですな。
     ぼくなんかには、とてもそういう表現は出来ない。
    筒井 あたりまえですよ(笑)。星さんがこんなの書き始めたら、気が狂ったかと思われる(笑)
     (「奇想天外」1978年2月号より引用)

     さて、その新井素子が「四十、五十のオバハン」になったのが現代のわれわれの世界です。結果的には、そんなこと気味悪いとは感じない世界になったようです。
     今回問題にしようと思った要素は、ほとんどこの座談会の中で洗い出されているようなものですから、ちょっと長めに引用してしまいました。これを読むと、小松左京と筒井康隆がえらく保守的に見えますが、当時としてはあたりまえと言っていい反応だと思います。むしろ、星新一の柔軟さが過激なまでに突出しているのです。
     新井素子をめぐる問題については、近年「サブ・カルチャー文学論」(文学界/大塚英志)の連載で1回をさいて取り上げられていました。この評論文は、おたく史を考察する時にかなり重要になる指摘を含んでいます。「「ルパン三世」的リアリズムとキャラクターとしての〈私〉――’80年代小説としての新井素子」というタイトルからもわかるように、小説における「私」という問題に「キャラクター」という(おたく史考察において重要な)要素をからめて論じており、文学史の中に新井素子を位置づけるという大胆な試みをしていました。
     私は大塚さんとは時々いっしょに仕事したりしますから、こういうところでこの人の文章を持ち上げたりすると、知り合い同士でだらしなく馴れ合っているみたいで嫌ですから、できたら批判しておきたいのですが(笑)、新井素子評価に新しい切り口を与えたという点では、この評論文は大変意義があると思います。
     「サブ・カルチャー文学論」は、石原慎太郎論をめぐる編集部との衝突で中断され、その後単行本にもなっていませんので、現在読むことはできません。ぜひ早いうちに単行本化してほしいと思います。
     この「サブ・カルチャー文学論」で論じられている問題点も含め、「新井素子の中に読み取るべき時代の変化」という視点は、かなり多くの問題を明らかにするだろうと思います。
     そして、それと同時に今さらのようにわき起こる疑問は、「なぜ星新一だけが、あの時、新井素子の中の何かを見抜くことができたのか?」ということです。世間の相場からすると十分以上に柔軟性のある思考をしていたはずの他のSF作家でさえ保守的に見えてしまうほどの、星新一の発言の突出のしかた。「ぼくは、これによって人生観が変わった」「違った世代の登場で引退せざるを得ないなと、ほんとに思ったよ」とまで言ってしまう星新一という存在が、新たな問題としてそこに浮かび上がってきます。
     日本のSF界を長くリードしてきたのは星新一でした。80年代にいたるまで、多くの中高校生の基本講読図書として人気トップにあった星新一というものが、後に「おたく系」となる人々に潜在的に与えていた影響力は、計り知れないものがあります。にもかかわらず、これまで「星新一」という問題を正面から論じた文章にはお目にかかったことがありません。それは、星新一があまりにもわかりやすいものに見え、思春期とともに卒業するものとして了解され、忘却されてきたからです。

     


  7. ■救急受け入れ問題FAQ。

     未だに「医師の怠慢だ!」「それでも医者か!」などと思っている人は、とりあえずコレを読んで欲しい。

    ●なんで急患の受け入れを断るの?

    ・(人員・設備が足りない…などの)物理的問題で、(受け入れると犯罪になってしまうケースがある…などの)法的問題で「受け入れ不能」だからなんです。

    ●なんで「専門外だから」が断る理由になるの?

    ・「専門外の患者を受け入れるのは犯罪」という司法の判例(奈良心タンポナーデ事件)があるんです。

    ●ベッドが無いなら、廊下で治療すればいいんじゃないの?

    ・「設備不十分な状態で患者を受け入れるのは犯罪」という司法の判例(加古川心筋梗塞事件)があるんです。

    ・そもそも、「ベッド」「ベッド」って言われてますけど、病院でいうところの「ベッド」は、心電図とか、酸素マスクとか、呼び出し用ボタンとか、それを管理する人員とか、それら全て「込み」ですからね。もはや「ベッド」というより「設備」と言ったほうが適当かも。

    ●応急処置してから、他の病院に移すのは駄目なの?

    ・「応急処置の後、他病院に転送するのは犯罪」という司法の判例(上に同じく、加古川心筋梗塞事件)があるんです。

    ●なんで、一度断った病院が、後になって受け入れるなんて事があるの?

    ・救命中であった患者が「落ち着く」か「亡くなる」かのどちらかで、病院側に「空き」が出来たからです。

    ●有名人や金持ちだったら嬉々として受け入れるんじゃないの?

    ・西村真悟議員の息子の飛び降り自殺…アレも、重度のうつ状態で入院の必要があるとされながらも、「ベッドが無い」という理由で入院できませんでしたよね。もはや、コネやカネではどうにも出来ない程に、患者の受け入れが困難な状況なんです。

    ●ぶっちゃけ、人の命より金儲けのほうが大事なんでしょ?

    ・金儲けのほうが大事だったら、そもそも、不採算部門である救急なんて、最初からやりません。

    ●医師が足りないなら、海外から医師を呼んだらいいんじゃない?

    ・本国より遥かに待遇の悪い日本に来る理由が見当たりません。…というのも、実は、日本の医師の待遇は、諸外国のソレよりも遥かに悪いんです。

    ●ドクターヘリを導入したら?空からなら直通でしょ?

    ・ヘリを導入するにも、周囲の建物が邪魔で安全に飛べなかったり(ビルに激突、民家に墜落…の危険性あり)、ヘリポートのある(作れる)病院が少なかったり、騒音問題で導入を反対する住民がいたり…など、色々と問題が山積みなんです…。

    ・あと、ドクターヘリを必要とするほどの重症患者を扱う「3次救急」自体の数が減っていることも問題の一つとなっています。

    ●救急病院が急患を受け入れられないなら、救急病院を辞めちゃえば?

    ・現実に次々と辞め…ていうか、潰れていってるんです…。

    ・特に、重症患者を扱う「2次救急」、救急最後の砦である「3次救急」が減っていることが深刻な問題となっています。

    ●1次・2次・3次って何?どれも救急病院じゃないの?

    ・救急病院は、患者の緊急度の度合いによって「1次救急」「2次救急」「3次救急」と種別されています。

    ・「1次救急」は、入院や手術の必要が無い患者が対象、「2次救急」は、入院や手術が必要な患者が対象、「3次救急」は、1次・2次では対応できないレベルの重症患者が対象となっています。

    ・ここ数年、救急医療が不要なレベルの軽症患者が、夜間救急…特に「2次救急」「3次救急」に駆け込み、夜間救急がパンク状態になっている事が、深刻な問題となっています。

    ●2~30件も断わられる事なんてあるの?

    ・大多数の救急が、マンパワー不足・キャパシティ不足のために、常にパンク寸前(or 本当にパンク)の状態に陥っており、2~30件、いや、それ以上断られる可能性は、大いにありえます。

    ・また、過重労働で医師が倒れる、燃え尽きて退職…などで、救急を辞める病院も出ており、今後は「受け入れ不能」状態が加速、最悪、「たらい回せる病院」すら無くなり立ち往生…という事態もあり得ます。

     


  8. アメリカ南部、オクラホマ州で発生した巨大な竜巻は、広い範囲に渡って住宅や道路を激しく破壊し、捜索活動は難航していて、発生からまる1日がたっても被害の全容が分かっていません。

    アメリカ国立気象局によりますと、オクラホマ州のオクラホマシティー郊外で発生した巨大な竜巻は、瞬間的に風速およそ90メートルの風が吹き、27キロにわたって移動し、幅は2キロに及んだということです。
    また、竜巻の強さは、6段階ある国際的な尺度では、「住宅が跡形もなく吹き飛ばされるなどの被害が出る」とされる最上位に当たると分析しています。
    この竜巻により、広い範囲の建物に壊滅的な被害がもたらされ、州当局はこれまでに子ども9人を含む24人の死亡を確認し、237人がけがをしたと発表しています。
    警察や消防は、行方不明者の捜索を夜を徹して行うとともに、避難所を回って行方不明になっている人がいないか確認を続けていますが、道路や住宅が激しく破壊されているため捜索活動は難航していて、発生からまる1日以上がたっても、行方不明者の数を含め、被害の全容は分かっていません。
    一方、州の防災担当者は会見で、竜巻の直撃を受けた地元の2つの小学校について、竜巻から避難するための避難施設が設置されていなかったことを明らかにしました。
    避難施設は、過去のデータからより危険性が高いと判断された学校から優先的に設置されているということで、今後、学校での竜巻対策を巡る議論が高まりそうです。

     


  9. 東京電力と中部電力は、茨城県内に共同で新たな火力発電所を建設し、首都圏と東海地方などに電力を販売する方向で最終調整に入りました。
    電力会社が地域を越えて電力を販売することはこれまでほとんどなく、今後、販売自由化に向けた本格的な動きにつながるか注目されます。

    関係者によりますと、東京電力と中部電力は共同で、茨城県にある常陸那珂火力発電所の敷地に石炭を燃料とする60万キロワット規模の最新鋭の火力発電1基を建設する方向で最終調整に入りました。
    発電所で発電した電力のうち、70%程度は東京電力が首都圏の企業などに販売するとともに、30%程度は中部電力が独自に販売することで調整しています。
    これは東京電力が経営改善策の一環としている電力事業での提携拡大の1つとして進められているもので、今月24日に締め切られる東京電力が購入する電力の入札に、こうした内容で参加することが検討されています。
    東京電力は、他社から安い価格で電力を調達して経営改善を進める一方、中部電力は、今後の電力販売の全面自由化を見越して、関東地方にも事業地域を拡大するねらいがあるものとみられます。
    電力会社が地域を越えて電力を供給することはこれまでほとんどなく、今後、販売自由化に向けた本格的な動きにつながるか注目されます。

     


  10. 「理系学部の男子」と「女子の憧れる理系男子」はJavaとJavaScriptぐらい違うし、これが理解出来たあなたは残念ながら間違いなく前者。